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英語の勉強法についてアドバイス


英語の勉強法について、アドバイスできることを考えてみました。結論から先に言ってしまうと、万人に効く特効薬は無く、「これです!」というアドバイスは無いことになってしまいますが、以下に「英語の勉強に関する心がけ十か条」をまとめ、それぞれについてコメントしました。もちろんこれは、これから英語を使いこなせるようになりたいと思っている工学部の日本人学生(バイリンガルでない)、より具体的には私の「化学英語I」を受講している学生のために、の視点から書いています。

①効率良く勉強することなど考えない
これがまず、一番大切です。子供の成長を見ていると、とても長い時間をかけながら、言葉を覚えていることが、よく分かります。そうかと思えば、ある日突然、「え、そんな言葉いつ覚えたの?」というフレーズを発して、驚かされます。実際には、突然覚えたわけではなくて、日常の出来事と、そこで発せられた言葉に繰り返しさらされて、ゆっくりと言語が体系化されてきたところに、新しい言葉がピタリとはまり、さらっとそれをマスターしてしまうのだと思います。
言葉は自分の意識と深いところで結びついており、その域に達してこそ、その言葉は本当の意味を成し、その役割を果たします。だから、試験のために覚えた言葉など、簡単に忘れてしまうし、実際の場面で使おうとしても使えないのです。
焦ってはいけません。英語の勉強に「効率」などという考えを持ち込んではいけません。世の中には、「これをやるだけで、すぐに英語をマスター!」みたいな広告を打っている教材が出回っていますが、あんなの全部ウソです。その教材で実際に英語が出来る様になった人は、当然居ると思いますが、それは教材のお陰ではなくて、この10か条に当てはまる気持ちをもち、勉強を継続出来た人だったからこそ、出来るようになったのです。「出来るだけ楽に、短時間で、効果だけ挙げたい」の様な考えは早々に捨てて下さい。

②打算ではない、本当に英語が出来る様になりたいという気持ちが大切
「英語やらなきゃ」はダメで、「英語やりたい!」が大切、といつも言っています。「やらなきゃ」の人、どうしてそう思うのですか?それは、卒業で、進学で、就職で、さらには出世で将来差が付くから、という強迫観念に駆られているからではありませんか?皆さんの多くは中学校から英語を勉強していると思いますが、高校入試、大学入試では必ず英語の試験があり、それを突破すること自体が目的化していたと思います。それはもう終わりにしましょう。「でも、これからもまだ大学院進学や就職で『TOEIC○○○点以上』の様な関門があるじゃない?」と思うかも知れませんが、そもそも何のためにその関門がある?という真の目的を考えて下さい。これは、高校入試や大学入試でも本来そうなのですが、「落とす」ことが目的ではなくて、「拾う」ことが目的なのです。求める人材が、英語が出来る人であって欲しい、という願いがあるからこそ、どういう人を受け入れるか、を決める時に英語の試験をやらざるを得なくなっているだけです。
この英語の講義もそうです。なぜ英語が必修なのか?どうして合否を付けるのか?それは工学部で学んだ者は、その知識や能力を将来英語を通じて社会還元して欲しい、という「期待」があるからです。それら「その先にある真の目的」を分からないままでいると、中間テストや期末テストだけが重要になり、成績がSか、Aか、Bか、Cか、はたまたFか、が目標化し、とてもツマラナイ、苦渋に満ちたものになり、さらには後々「なんの役にも立たなかった」というとても残念なことになってしまうのです。それはもう、完全にヤメにしましょう。
では、何のために英語を勉強するのか?それは当然なりたい自分になるためであり、「自己実現」の一部です。工学を志す者に、英語が必要なのは当然です。産業が日本国内で閉じていたのは、大昔のことです。従業員数名の小企業であったとしても、諸外国との競争にさらされています。「いや、うちは外国との協業は無いから…」だったとしても、例えばある部品を自動車メーカーに納めていたとして、タイや中国の会社が同等品をもっと安く、安定に供給出来たら仕事無くなりますね?そんな「戦い」だけではありません。グローバルに行動することは大きなチャンスや成功を生むことにもなります。「海外=ライバル」の図式ではなく、「海外=仲間」も十分あり得ます。
あなたは何を目指しているのですか?どんな生き方をしたいのですか?工学部に入学した時、多くの学生は「ものづくり産業に貢献したい」「産業を通じて社会貢献したい」と言います。全然間違っていません。とても良いことだと思います。でも、「人のためになること」というのは、「日本人だけのためになること」とは違いますね?仮に後者を目指したとしても、グローバルな視点から物事に取り組まなければ、ローカルに役立つということもありません。”Think globally, act locally”(グローバルに考え、ローカルに行動せよ)自分の周囲をより良くし、大切な仲間のためになることを成し遂げるには、広い視野を持って考えることが不可欠です。それを”Glocalism”(GlobalismでもLocalismでもなく)と言ったりします。
すなわち、グローバルに、ボーダーレスに考え、行動する能力が無ければ、「人の役に立つことがしたい」という願いを叶えることは出来ないと言っても良いでしょう。だから、英語をやりたいのです。「言語の壁」ごときに、自己実現を邪魔されてはなりません。本当の意味で国境を越え、自由自在に活躍するために必要なのは、パスポートとお金ではありません。国際共通語である英語能力こそが真のパスポートと言えるでしょう。だから、「やりたい」、なってみたい自分になるまで、絶対に諦めない。英語学習に一番大切なのは、そういう思いであって、小手先のテクニックなど二の次、三の次なのです。逆に、それを自分の目標にしっかりと捉えて、本気で「英語やりたい!」になっていれば、必ず出来ると断言出来ます。「出来ない」「難しい」に苛まれている人は、結局のところ心が逃げているのです。

③お金はかけない、でも時間はかかることを覚悟せよ
英語の勉強にお金はかかりません。でも時間はかかります。逆に、お金で解決しようなどと考えてはいけない、ということです。高額な個人レッスンを受けたり、高価な教材を買ったりするのは、無駄ではありませんが、それが英語上達のより良い手段、というわけではないです。よほどお金持ちなら別でしょうが、英語のために大金をはたくとするなら、それはその人の決意の表れなのかも知れませんね。だから結果的にそういう人は上達するのだと思います。でも、それは教材の効果ではなく、②に書いた「やりたい!」の気持ちの成果だということです。
で、実際にお金をかけずに手に入る教材はいくらでもあります。私の時代とは違い、インターネットが発達した今日では、素晴らしい材料が無料でころがっています。まず、文章を読むのなら、文字情報は溢れています。興味のあるテーマ(科学技術関連もいいけど、趣味のことでもいい)を選べば良いですが、名の知れたジャーナルなど、ある程度情報の質や英語の正しさが保証されている物を選んだ方が良いでしょう。しかし、折角インターネットがあるのですから、文字情報だけでなく、聴覚や視覚を総動員するビデオが一番おススメです。講義でも紹介していますが、例えば以下が良いです。

(i) VOA news (Voice of America)
http://www.voanews.com/
色々なテーマについて、比較的コンパクトにまとめられたニュースが文字、音声、ビデオで提供されていて、とても頻繁に更新されています。中でも、英語を母国語としていない人達のために、英語の学習を目的とした”Learning English”のページが良いです。
http://learningenglish.voanews.com/
ここにあるビデオは、特にゆっくり、はっきりしゃべっていますし、全文を文字で確認することも出来ます。ダウンロードして、何度も見聞きすることも出来ます。気に入った物があれば、文章を自分で読み上げ、録音してみると良いでしょう。それをアナウンサーの音声と聞き比べると、最初のうちは「あれぇ、全然違う」だったのが、だんだん「おお、英語らしくなってるわ」に変わって来ると思います。

(ii) YouTube
ご存じYouTubeです。日本語のビデオは色々見たことがあると思いますが、当然英語のはもっと沢山あります。テーマも様々ですが、質も様々です(どうしようもなく、くだらないモノもある)。興味のあるテーマについて、しかしちゃんとした機関から提供されている物、視聴回数が多い物、を優先して見た方が良いでしょう。中には字幕が出せるものもありますが、きちんとした機関が提供しているビデオだと正確に話している言葉を表示しますが(ちゃんと校正している)、自動音声認識で作った物が多く、字幕が滅茶苦茶な場合があるので、それらは参考にしない方が良いです。私は、息抜きに趣味のバイク関係のYouTubeを見ることがありますが、それを通じて新しい語彙を獲得したり、新しいフレーズを覚えたりすることもありますよ!

(iii) The Whitehouse
アメリカ合衆国大統領官邸、ホワイトハウスのウェブページです。
https://www.whitehouse.gov/
なぜこれが良いかと言うと、提供されているビデオの質がとても高いからです。オバマ大統領(2016年6月7日時点、次は誰かなあ?)のスピーチの他、政府のスポークスマンの記者会見、その他プロモーションビデオ的なモノが視聴出来ます。さすがは、アメリカ合衆国の顔、ホワイトハウスだけあって、字幕が出るものが多い上に、それが極めて正確です。政治に直結するものだけでなく、スポーツ、教育、科学技術など文化活動に関する行事等での大統領のスピーチなどもあります。オバマ大統領のスピーチは比較的聞きやすく、勉強になりますよ。

(iv) NHK TV news
仮にネットワーク環境が無くても、テレビがあれば、NHKの主要なニュースは英語でやっています(7時のニュースとか、9時台のニュースとか)ので、英語に切り替えて見るのもおススメです。同時通訳ですから、実際のニュースの進行とややずれていたりして、聞き取りにくいかも知れませんが、逆に内容は日本の話題が多いので、何を言っているのか想像しやすい、というのがメリットです。日本の社会で起こっている出来事を説明するのに必要な語彙を沢山学べるのも良いです。

(v) NHK教育放送(テレビ地上、テレビBS、ラジオ)
NHKは質の高い語学番組をテレビでもラジオでも長年やっています。特に需要の高い英語については、目的やレベルに合わせて色々な番組があります。録画、録音して活用しましょう。ラジオ番組は聞き逃しても以前の放送をネットワーク上で聞くことも出来る様です。安価なテキストが書店で売られていますから、本気で取り組む人はテキストを買って視聴に臨むのが良いでしょう。週1回の番組を視聴するのは、週1回講義を受講するのと同じように、良いペースメーカーになります(途中で挫折しにくい)。私は、学生時代にNHKラジオの番組で勉強しました。使い古された勉強法かもしれませんが、今でも有効だと思いますよ。詳しくは、NHKゴガクのウェブページで。
https://www2.nhk.or.jp/gogaku/english/

(vi) Watch movies in English
映画が好きな人は、好きな映画を思いっきり楽しんだらいいと思います。但し、言語は英語、字幕も英語にセットしましょう。好きなハリウッドスターが、あの名場面で言っているセリフ、分かると一層楽しくなりますよ。何を見たら良いか分からない、大画面テレビもDVD, BDプレーヤーも無い、という人は、工学部のMatthew Zisk先生がやっている、Movie Nightに足を運んでみては?Zisk先生は、日本語が上手過ぎるので、それに甘えると英語の勉強にならないかも知れませんが、きっと印象に残るシーンのセリフの説明とかしてくれると思いますよ。詳しくは、工学部国際交流センターのウェブで。
http://yu-eng-iec.sakura.ne.jp/other-info/english-learning-acts/

(vii) 留学生とお友達になる
英会話のトレーニングには、やっぱり話相手が必要、でも米沢みたいに小さな街では外国人なんて居ない?いや、米沢市の中で、山形大学工学部は一番外国人密度が高いところです。確かに、英語を母国語とする、アメリカ人、イギリス人、オーストラリア人などは多くはないかも知れません。しかし、実際に仕事の現場で話をしながら、将来一緒に研究開発をするのは、英語が母国語でない人がほとんどです。出来るだけネイティブの発音に近づく様に練習することは重要ですが、まず大切なのは、英語を通じたコミュニケーションを実践して、それに慣れていくことです。エッセイ1の昔話でも、私の英語の先生が、インド人のラジさんだったことを書きましたが、ネイティブではないことが、むしろ自分の緊張を和らげてくれました。それで、壁を越えられたのです。あと、自立心の強い西洋人に比べて、アジア人は人懐っこいというか、人を頼りにしてくるので、話しかければ色々とこちらを当てにしてくると思います。それを、積極的に受け入れましょう。自分の国を遠く離れた留学生は、基本的に心細く、人恋しいものです。どんどん積極的に話しかけて、お友達になってあげて下さい。英語の勉強だけではありません。異なる文化圏で育った人と知り合い、語り合うことで、自分の視野が広がるハズです。そうして自分自身が世界に対して開かれていくことは、英語の勉強にも増して自分の国際化に大きな影響を与えるでしょう。

このように、お金を全くかけなくても、英語を学ぶ機会は身の回りに溢れています。それを活かすか、見過ごすかは、当然ながら自分自身のマインド次第です。

④何をやってもいい、忘れても気にしない
繰り返しになりますが、「英語勉強するなら絶対コレ」の様な秘策はありません。こう勉強した方が効率が良い、という様なことを考えるのも不必要です。なんでもいいです。自分がやろうと思ったことを片っ端からやったらいい。大切なのは、英語の勉強の強度(=集中度)(intensity)と頻度(frequency)です。
例えば、自分には語彙が足らない、文章の中に分からない単語がいくつも出てきて、そのせいで文章を理解するのが難しい、と感じている人は、英単語をひたすら覚えても良いです。後に書くように、英語と日本語を1対1で対応させようとするのは無理があり、それをやり過ぎると日本語に引きずられ過ぎて、英語の理解の妨げにさえなってしまうのですが、文章中でのある単語の本当の意味(日本語とのニュアンスの相違)の理解は将来課題として、まずは語彙を増やそう、というのはとても良いと思います。それで、どうにも単語を覚えない、綴りをいつも間違える、と思う人は、中学生の時に作った単語帳や単語カードを再び作るのもおススメです。私、イタリア語を勉強した時には、単語カードを作りました。もちろん、教科書の例文を丸覚え、も役に立ちます。それで、折角覚えたはずの単語とか例文を忘れても気にしないで下さい。忘れたことに気づくのは、それらが再登場した時のことです。その時「あ、これ何だっけ?確かに前勉強したハズ!思い出せねえ、チクショー!」となりますが、それが良いのです。なぜ「チクショー!」なのですか?それは、勉強をしたからこそ、それを一度やったことを覚えているのです。さらに、覚えたいと思っているからこそ、思い出せないことが悔しいのです。つまり、そんなあなたは、もう覚える寸前まで来ています。こんな経験を繰り返していれば、絶対にそのうち語彙もフレーズも記憶の深いところに留まります。逆に「チクショー!」と思わない人は、その気が無いから悔しくないのです。試験前に、やらされてる感満載の苦痛の中で、逃げ出したい気持ちで後ろ向きに勉強したって、忘れるに決まっています。しかも、それを通り過ぎた後には何も残らない。味わうのは苦痛だけ、自分の役に立たない。それって、とても残念じゃないですか?自分の大切な時間や努力、是非自分のために使って下さい。

⑤いつでも英語に反応するようになったらOK!
結局のところ、上記のほとんどは、英語を勉強する上での「精神論」になっていて、具体的な手段を提供していませんが、やはりそれに勝るものはないからです。気持ちが「英語やりたい!」になっている人は、普段の生活全てが英語の勉強になります。テレビでも、雑誌でも、インターネットでも、ちょっと英語が出てくると、そちらに意識が向きます。それで、知らない単語が出てきたりすると、その意味を知りたくなるし、新しいフレーズを知ると「へえ、そうやって言えばいいんだ」と意識します。私は今でもそうやって新しい語彙やフレーズを獲得しています(忘れるけどね)。聞いたり見たりするものが、英語でなくても良いんです。例えば冷蔵庫から飲み物を取り出す時に「冷蔵庫って、英語でなんて言うの?」と思ったら、辞書を引く(“refrigerator”です。それから、“I am now taking a can of beer out of my refrigerator.”などと言ってみる)。メンドクサイと思うかも知れませんが、一つ一つは大したことではありません。しかし、そういう習慣がついていると、1日のうちに何度も自分の「英語回路」を呼び覚ましていることになります。だから、1日24時間、ずっと英語の勉強をしている様なものです。嫌々ながら、試験が来るからと「よし、1日30分だけ!」と勉強する人(残りの23.5時間は無意識のうちにも英語から出来るだけ遠ざかろうとする)とは大きな差が生まれるのは当然ですね?
「本当に勉強が出来る子は、勉強を勉強と思っていない」といいます。そもそも「勉強」っていう言葉には、なんだか重苦しい嫌な雰囲気が伴いませんか?親から、先生から、「勉強しなさい!」と言われ続けた経験が、それを「仕方なくやらされる無益なこと」になり下げているのです。本当にデキる人は、ただ知りたい事を知ろうとしているだけです。知りたい事を知り、出来なかったことが出来るようになることは、当然嬉しいことです。その全ての行為の中に「勉強」という言葉の重苦しさは微塵もありません。だから、苦も無く24時間を全部「勉強の時間」に出来てしまうのです。
自分が英語を自由に使い、世界の誰とでも話をして、議論を闘わせたり、目標を共有したりしながら、世界を舞台に活躍しているところを想像してみて下さい。そんな自分に会ってみたくないですか?会えます!その気持ちが本物ならば、現時点でどれだけ出来なくても絶対に大丈夫!「いや、嫌だね」と思う人、英語を嫌なモノにしてしまっているのは自分自身です。まあこれは、英語の勉強に限った話ではないでしょう。化学や物理、そして歴史や経済も、勉強することの本当の意義は、自分の世界を広げることです。それまで見えなかったモノが見え、聞こえなかったモノが聞こえるようになります。世界の大きさを感じ、自分の生きる世界の豊かさを感じるでしょう(時にその大きさゆえに、心細くもなるかも知れませんが)。それは、絶対にお金では買えない豊かさです。人がどれだけ羨んでも、盗み取ることは出来ません。あなたのものです。逆に「お金を稼げるようになるために、勉強しなくてはならない」という思いを引きずれば、勉強、そして仕事は一生苦痛を伴うものになってしまいます。あなたは、そんな苦痛を味わうために生まれてきたのではありません。
TOEICテストについても一言。自分の英語力のベンチマークとして、TOEICの点数を目標にすることは良いでしょう。私はTOEICテストを受けたことがありませんが(必要と思ったことが無いから)、その質を疑うものではありません。しかし、TOEICテストは手段であって、それ自体が目標となってはいけないです。客観的尺度として、TOEICの点数が利用されることが多いですが、入試にせよ、就職にせよ、目標となる英語力をTOEICの点数が保証するわけではありません。逆にTOEICの点数も、あなたの仕事を保証してくれません。やはり大切なのは「その先にある真の目標」ですね。

⑥意識を集中して「聞く」
さて、気持ちの準備が出来たところで、ちょっと実践的なアドバイス。英語が耳に入ってきた時は、本当に意識を集中して聞いて下さい。”b”と”v”、”l”と”r”のように、日本語では区別が無いために、特に日本人には難しい音の聞き分けだけではありません。リスニングや発音練習を伴わず、読み書きだけで、無音状態で英語の勉強をしていると、いざ声に出そうとしても、単語が発音できない、さらには文章を読もうとすると、単語の間がぶつ切りになって、とても話し言葉とは思えない不自然なものになります。英語は私たちが日ごろ何も意識せずに使っている日本語と同じ「言語」です。だからそれが実際にどういう風に話されているかをしっかり意識して聞き分けることが大切です。例えば言葉の関係を表す前置詞などは、日本語の助詞(「て、に、を、は」など)と役割が近いので、通常は軽く発音され、前後の単語とつながって発音されることが多いです(”
A lot of Japanese people eat Sushi.”における”A lot of”は「あ、ろっと、おぶ」ではなく、”alodov”の様に一続きになり、”of”は直前の”lot”に完全につながって発音される)。冠詞(”a”, “the”)や関係代名詞なども、通常は軽く発音されます。一方で「誰が」(主語)「(何を)やった」(述語動詞)に相当する言葉は、はっきり、明瞭に発音されます。
しかし、伝えたいことの主体次第では、例えば”the”が強く発音されることもあります。”There are many national universities in Japan as you see in this list. And Yamagata University is the university where I studied.”(この表にあるように、日本には沢山の国立大学があります。それで、山形大学私の大学です。)のような時、日本語で「が」を強く発音するのと同様に、”the”が強く発音されることになります。この会話では、恐らく二人が日本の国立大学一覧表を見ています。その時、表にある大学は他と区別されない「ある大学」に過ぎませんが、この話者は自分が学んだ「特別な大学」である山形大学を聞き手に説明しているわけで、それゆえに定冠詞である”the”が自然と強調されます。このように、言葉はそれぞれに意味を持っているので、伝えたいことの気持ちに沿って、自然とリズムやアクセントが生まれます。
言葉は生きています。その気持ちを感じ取れるように、意識を集中して聞き分けるトレーニングをして下さい。これは、発音の上達に大切なだけではなく、それぞれの単語の文法的な役割の違い、単語のニュアンスの差異、そのフレーズによって伝えられる話者の意図、などを理解するのに役立ちます。必要とあれば、「これが主語、これが動詞、冠詞が付いた目的語、そしてこれが補語」の様に文法に沿った整理が出来ることは、日本語とは異なる文法である英語を後から(母国語ではなく)学ぶ我々にとって大切ですが(「文法なんて・・・」という人へ、「文法は大切ですよ!」)、文法に沿ってドライに分析しなくても、気持ちを乗せて発せられた言葉の、その「気持ち」を理解するつもりで聞き取れば、文法のシステムだって自然と理解できるようになります。

⑦発音は筋トレ、必ず音にする、カタカナは使わない
さあ、いよいよ発音です。そもそも「言葉」の勉強が静かな方がおかしいです。目いっぱい「うるさく」いきましょう!常に発音練習しながら勉強を進める習慣をつけて下さい。発音の基礎は、言うまでもなく、まず「よく聞くこと」からです。それで、「猿真似」して下さい。英語には、日本語には無い音が沢山あり、私たちは普段それを発音することが無いので、その音を発するために必要な口の形や舌の位置を作ったり、息をコントロールしたりするための筋肉が発達していません。なので、それを練習して、筋肉を鍛える必要があります。だから、発音練習は「筋トレ」なのです。
ちゃんと発音出来ているかどうかをチェックするには、自分の声を録音することです。近くに先生が居れば便利ですが、お手本になるビデオと録音機さえあれば、全然出来ちゃいます。いまどき、スマホ1台で何でもできますね。それで、お手本と自分の発音をよく聞き比べて下さい。恐らくはじめは「あー、全然違う!」と絶句すると思いますが、それは「違い」を聞き取れている証拠です。違いを聞き取れないという人は、既によほど発音が良いか、さもなくば聞くことに対する集中が足らないのです。それで、その違いを意識しながら何度も繰り返し練習していると(ひたすら猿真似!)、そのうち「お、だいぶ英語らしくなってきた!」となるはずです。それこそ、自分の声の録音のTake 1も残しておいて、Take XXぐらいになったときに聞き比べてみると面白いでしょう。「上達した」と感じられたら、ネイティブの人が聞いても「分かる」レベルに既に達していますよ。
まあ、発音に対しては、過度にナーバスになる必要はありません。生まれ育った言語から来る発音の癖は、そう簡単には抜けません。例えば日本人よりずっと英語が上手なドイツ人の多くは「ドイツ語訛り」の英語を話します。私が仲良くしているフランス人の先生も、強烈にフランス語アクセントの英語を話しますが、国際学会などの舞台では、それがチャーミングにさえ感じられます。まあ、聞き取りにくくしていると言えばそうなのですが、英語を話していても、その人の国籍、文化的背景が伝わってきて、楽しいのです。様々な国から人が集まり、それぞれに癖のある英語を話してコミュニケーションする国際会議などでは、まさにinternationalな世界を感じることが出来ます。自分がその世界に身を置き、その一部となっていることを誇らしく、嬉しく感じられるでしょう。だから、少しぐらい日本語アクセントがあっても、恥ずかしがらずにどんどん英語を話しましょう。それこそ、少し日本人に慣れた米国人の先生などは、日本人が”l”と”r”をちゃんと発音し分けられないことを意識して聞いてくれます。(”I like songs of Eric Crapton.”と言うと爆笑すると思います。”Clapton”ですよ。)それから、映画が好きな人は、例えばセリフが全部英語のハリウッド映画でも、ドイツ人役がドイツ訛り、フランス人役がフランス訛りの英語を話していることに気づくかも知れません。本当にドイツ語、フランス語でしゃべったら、物語が分からなくなってしまいますが、役者がわざと訛った英語を話すことで、異文化の人であることを意識させる演出なのです。
日本語アクセントに寛容にとは言ったものの、上達の大きな妨げになるカタカナの使用は厳に禁ずるべきです。どれだけ書き方を工夫したところで、英語の音をカタカナで表現することは出来ません。”One, two, three…”を「ワン、ツー、スリー」と書いたら全然違うものになってしまいます。読み方を覚えるために、カタカナでメモ書きをしてしまうと、逆にその言葉の正しい聞き取りや発音の猿真似を妨げます。どうしても発音のメモを取りたいという人は、発音記号を覚えて書きとめるしかありませんが、最近の電子辞書は必ず発音の機能がありますから、繰り返し「聞き、真似、聞き、真似・・・」をやるのが一番良いです。かく言う私も、「あれ、この単語”l”だっけ?”r”だっけ?」となってしまうことがありますが、それはその単語の音の聞き取りが不十分だからで、練習が足らないのです。ひたすら、練習しましょう。間違えても、やり直せばいいだけです。実は、日本語の曖昧な「らりるれろ」の発音は、”l”と”r”が明瞭に発音し分けられている言語の人には難しいのです。私の知り合いで、日本語研究をしているドイツ人の先生は、語彙も豊富で日本語がとても上手な方なのですが、「らりるれろ」を全て”la, li, lu, le, lo”と発音するので、とても気持ち悪かったのを覚えています。大変なのは、英語を勉強する日本人だけではないのですよ!

⑧「読み」「書き」よりも、「聞き」「話し」
科学技術関係の人たちは、論文を読んだり書いたりする機会が多いため、そちらのトレーニングはする機会が多いのですが、聞くことと話すことは、それらを避けて通れば通れなくも無いというのが実情です。しかし、英語を話せない人がまともな英語の文章を書くことはまずありません。世界には色々な言語がありますが、読んだり書いたりする専用で、話したり聞いたりしない言語というのはありません。言葉は意識の深いところとつながっています。頭で考えたことが、言葉につむぎ出される時に、その言語の回路を通って文章になるのです。良い文章を書けるようになるためには、聞き、話す能力を磨くことが、読み、書きするトレーニング以上に大切だとさえ言えます。一人で読み書きする時には、好きなだけ時間を使えてしまいますが、聞き、話す時にはリアルタイムで事柄が進行しますから、意識の集中度が高いのです。読み書きのトレーニングが不要と言っているわけではありませんが、例えば同じ1時間読むことと、聞くことを比べたら、聞くことの方がずっと疲れますし、頭に入って来る情報量も多いです。自分の英語回路が最大に活性化された状態を長く続ければ続けるほど、自分の意識と英語という言語の結びつきが強くなります。頭の中にあることがサッと英語になって出てくるようになるまで会話能力を磨けば、文章も自然と書けるようになるし、より意図が伝わる文章になります。
まあ、そんなエラそうな事を言っても、正直未だに私も英語の文章を書く時に悩むことは多いです。自分ではこれで良いと思った文章を”What do you mean by this?”と聞かれ、その意図を(別の言葉で)時間をかけて説明すると、”Then, you could rephrase like this…”と教えてもらったりします。論文を投稿した時に、自分のつたない表現が校正段階で勝手に書き換えられている(感謝!感謝!)こともあります。所詮後から獲得した言語なので、まだまだ英語回路が幼稚というか、イビツなんですね。それをどうやって乗り越えるか?五感を総動員してさらに英語回路を鍛えるしかないと思っています。会話の中でも、表現に行き詰ることはしばしばあります。語彙や適切な表現が見つからなくなると、途端に日本語が頭に出てきて「自分が言いたいのは○○○…」の様に日本語回路が活性化してしまうと、もうお手上げです。その日本語の英語への置き換えはまず成功しません。結局、それはその場面で必要となった英語表現を呼び起こすのに十分なだけの経験が足らない、自分の英語回路の弱さなのです。だから、もっと聞き、話してそれを鍛えます。日本語回路と英語回路、言語の回路をそう簡単に切り替えられるものかと思いますよね?多分二か国語ぐらいなら出来ます。バイリンガル環境で育った人は、本当にスムーズに切り替えます。しかし、私ぐらいのレベルでしかないと、時々脳がキャパシティーオーバーになります。英語でずーっと話している時に、突然日本語で質問されると、それに英語で答えてしまう、ということはよくあります。
恐らく、終わりはありませんし、決して自分の英語能力には満足しないと思います。自分に英語が必要である限り、ずっとトレーニングは続くでしょう。仮に英語を全然使わない生活になったら、ゆっくりとではあっても忘れてしまうかも知れませんね。時間がかかるのは当たり前。一方で英語を必要としている自分があるなら、ずっと英語回路の成長は止まりません。

⑨英語→日本語、日本語→英語の置き換えをしない
日本語で話していても(考えていても)、英語で話していても(考えていても)、頭の中にあることは同じ(思考の段階では言語には依存していない)なのですが、それを表現しようとした時に、言語の組み立てが行われます。二つの言語は、単語の違いを超えて、組み立ての体系が異なりますから、これを完全に対応させて置き換えることは出来ません。これが、単語帳で勉強することの限界でもあります。和文英訳も、英文和訳も、単語と単語をいちいち対応させて、それぞれにつなぎ合わせて文章を作ろうとすれば、おかしなことになってしまいます。例えば教科書などに挙げられる英文の和訳も、「ほぼ同じ意味になる、日本語での言い換え」という程度に理解すべきで、単語と単語の対応を意識し過ぎないことが大切です。和訳を見て「ああ、こういう意味になるんだ」ということを知るのは、もちろん必要でしょう。しかし、原文に引きずられた訳文は、大抵ヘンテコな日本語になってしまいます。どうしても、和訳しなければならない時は、一旦英語の構成に従って訳した後、もっと自然な日本語になる様に、日本語から日本語に再翻訳すると良いです。元の英語が1文章であっても、それを2つの日本語の文章に訳す、又はその逆などもあり得ます。例えば、
“I am a student of Yamagata University that is the only national university in Yamagata prefecture.”
という1つの文章、関係代名詞”that”を用いて、Yamagata Universityが山形県で唯一の国立大学であることを説明しています。これをそのまま1文章に訳すと、
「私は、山形県内で唯一の国立大学であるところの山形大学の学生です。」
となります。まあ、意味は分からないでもないですし、日本語として間違っているわけでもありません。しかし、これはthat節をYamagata Universityにつなげて訳すことを意識し過ぎて「・・・であるところの」という変な言葉を使っています。これを2文章に再翻訳すると、すっきりします。
「私は山形大学の学生です。」「山形大学は山形県で唯一の国立大学です。」
元の文章との文章構成上の対応関係は無くなっていますが、意味は同じで、ずっと自然な表現になっています。この再翻訳作業はとても重要で、例えばある製品の日本語のマニュアルの英語版を作成する翻訳作業では、通常英語が得意な日本人が和文を英訳し、それを日本語が得意な英語ネイティブの人がチェック(proof readingと言います)します。この翻訳において重要なのは、元々日本語を使って操作法などを説明したかった人の意図が、英語を通じてそれを理解する人にちゃんと伝わることであって、単語と単語の対応や、文章構成の一致は全然重要ではありません。
しかし、ちょっと待って下さい。英語を勉強して、それを自在に使いこなすことを目標としている人(君たち)にとって、とても良い「翻訳」が出来ることは、全然重要ではありません。それが大切なのは、翻訳や通訳のプロを目指している人だけです。みなさんにとっては、意味が分かることが大切なだけであり、上記の例文でも頭の中で日本語に訳す必要さえなく、「(その話者が)山形大学の学生である」「(山形大学が)山形県で唯一の国立大学」という2つのことが、理解されていれば、日本語への置き換えは不要です。翻訳のテクニックというのは、単なる英語の勉強とはまた別の努力を要するもので、普段はその能力を必要とすることはありません。
例えば研究室に配属されると、皆さんの多くがやることになる雑誌会。研究室によってやり方は異なるでしょうが、ウチの研究室では全文を和訳し、それを読み上げる様なことは禁止です。論文中に現れる図表だけをコピーして、それを元に(日本語のパワポプレゼン資料を作り)著者に成り代わって研究内容を日本語でプレゼンテーションしてもらいます。大切なのは、英語を読んで研究の中身が分かることです。その分かったことを他の人と共有するために、(自然な日本語で)研究内容をプレゼンテーションします。「この英単語の意味は○○○」の様な説明は一切不要です。そんな説明を聞いても、どうせ聞いている方には英語の勉強になりません(眠くなるだけ)。英語の勉強になったのは、論文を読んだ発表者本人だけです。さらには、日本語でのプレゼンテーションの練習にもなります。その出来が良ければ、聞いている方には研究に関する勉強が出来ますから、一石三鳥です。
当然ながら、翻訳ソフトを使うなどはもっての外です。どれだけ人工知能が進化しても、未だに翻訳ソフトの訳はメチャクチャです。ずっと前、禁じ手の翻訳ソフトを使ってプレゼンをやった学生がありましたが、「お前、今言ったことの意味をもう一回日本語で説明してくれる?」と思わず言ってしまうほど、全く意味を成さないナンセンスな訳文になっていました。自分でも意味の分からないことを人前でしゃべる厚顔無恥。大学生としての誇りを持って欲しいものだと思います。もっともっと人工知能が進化すれば、いずれは本当に外国語の勉強が不要になるのかも知れません。しかし、言語というのは単なる言葉のシステムの領域を超えていて、その言語が生まれ育った地域の文化や歴史と密接につながり合っています。たとえ機械が翻訳してくれたとしても、その言葉の背景にある真の意味を理解するためには、異文化に対する勉強というのは決して不要にはならないでしょう。
大切なのは内容の理解、言葉の置き換えは不要、ということを心がけて下さい。

⑩英語で夢をみるようになってきたら、いよいよ本物!
いつも自分の英語回路を活性化していると、遂には英語で夢を見るようになります。そうなったら、しめたもの。Congratulations! あなたの国際化はもう半分実現したも同然、英語回路が意識の深いところと結びついてきた証拠です。私は、時々英語で夢を見ます。傑作なのは、英語をロクに話せない人さえ夢の中では英語を流暢に話していたりすることです。同じことを、通訳を目指して日本語を勉強しているイタリア人の学生から聞いたことがありました。「私のママ、日本語全然しゃべれないのに、夢の中で日本語話してるの!」毎日、日本語を一生懸命勉強して、日本語回路が活性化しているからこそ、そうなるんでしょうね。まあ、これは個人差あると思いますから、英語で夢を見ないからといって、がっかりしないで下さい。大切なのは、それぐらい「英語漬け」になるように、「英語やりたい!」の気持ちを持ち続けて欲しい、ということです。
焦らず、しかし着実に、英語との付き合いを続けていきましょう。繰り返しになりますが、必ず時間はかかります。「会ってみたい自分に会うために」その心を忘れず、勉強の苦痛は置き去って、英語を使って世界が広がっていくことを楽しんで下さい。私は学生時代にドイツに留学した時、一度ロンドンに遊びに行きました。ドイツ語は全然分からなかったのですが(大学でのコミュニケーションは全部英語)、ロンドンに降り立つと、書いてあることも、話していることも、(完全ではないまでも)分かる!情報に飢えていた時に、色々な情報が(英語であれば)得られることに純粋な喜びを感じました。研究もそうです。英語であれば、最新の情報が得られます。
“Learn to walk first and then run, learn to speak, then sing.”
といいます。英語がまだまだ話せない時は、よちよち歩きの子供と同じなのです。でも、転びそうで危なっかしいけど、子供は走り始める。満面の笑顔で走ることの喜びを感じたり、ぴょんぴょん飛び跳ねたりします。で、そのうち本当に走れる様になります。「自分には出来ない」と言った瞬間、出来ないことが決定してしまいます。「出来るかどうか分からないけど、やってみたい!」であれば、たとえ失敗しても、そのうち出来るようになります。英語が話せないのに、英語で歌を歌うってのも良いですね!ウチの研究室で時々やる、インターナショナルカラオケ!参加歓迎です!外国人の先生や学生たちと、ビール片手に英語の歌を大合唱!英語の勉強以上に、その人達も同じ生身の人間であること、楽しい時間を共有できることの喜びを感じるでしょう。その先には、国籍や文化を越えて、人と人の付き合いが出来るようになり、仕事を共にし、友情が芽生え、さらには愛情も?全然不思議なことではありません。同じ人間ですから!

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